「頑張らなくていい」。その言葉に救われることがあります。けれど、ぼくは一度、その言葉を「何もしなくていい」に寄せすぎたことがありました。力を抜くことと、自分の暮らしを放り出すこと。そのあいだを考え直した話です。
やめたかったのは、何だったのか

やめたいのは、好きなことまで全部やめることだったのか。それとも、認めてもらうために無理を重ねることだったのか。
同じ「頑張る」でも、中身は違います。人と比べて焦る頑張り方と、自分が納得して選ぶ頑張り方。ぼくが手放したかったのは、前者のほうでした。
何もしない時間も必要です。ただ、休むことを選んだのか、怖くて避けているのか。責めるためではなく、自分の本音を知るために、そこを見ておきたいと思います。
休むことも、自分で選ぶこと

疲れている日に、さらに自分を追い込む必要はありません。休む日まで「意味のある休み」にしようとすると、休息にも点数をつけてしまいます。
逆に、やってみたいことがあるなら、「頑張らない」を理由に、その気持ちまで引っ込めなくていい。小さく始めることも、自分のペースを守ることです。
川の流れに身を任せるような感覚は好きです。でも、流れに任せることと、自分の行き先を考えなくなることは、ぼくの中では同じではありません。
今のぼくに合う力の入れ方を探す

今日は休む。明日は十分だけ触ってみる。続けてみて、負担が大きければやり方を変える。最初から、ちょうどいい配分を決めきらなくてもいいと思います。
「頑張らない人」になるより、頑張る理由と、やめる理由を自分で選べるようになりたい。
誰かの正解より、ぼくの納得を。その問いを忘れないことが、この言葉からぼくが持ち帰ったものです。

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